血栓止血研究

血栓止血研究

2022.11.28

朝倉 英策

 血栓止血研究室は、これまでに薬学部の菅幸生准教授らとの共同研究のもとで、ラットDICモデルを用いた数々の検討を展開してきました。その一部を紹介したいと思います。

DICモデルに対するNO合成酵素阻害薬の影響(Suga Y, et al: In Vivo, 2021)、DICモデルの病態がDIC惹起物質の種類により大きく異なること(Suga Y, et al: Int J Hematol, 2021)、DICに対して禁忌と考えられてきた線溶療法治療薬であるtPAが、病態の選択、投与方法の工夫により劇的な効果を発揮すること(Suga Y, et al: Thromb Res, 2021)、エリスロポエチンがDICの臓器障害を改善すること(Suga Y, et al: Biomed Rep, 2021)など、斬新な研究成果を精力的に報告してきました。

(Suga Y, et al: Thromb Res, 2021.より)


 図は実際のデータですが、LPS誘発DICモデル(臨床の線溶抑制型DICに類似した病態)に対して、tPAを投与することによってD-ダイマーは上昇しますが(血栓の溶解を反映)、PAI活性を強く抑制しました。その結果、PTAH染色で評価される血栓は有意に減少し、臓器障害の明らかな改善が見られました(データ省略)。出血の副作用に対する注意が必要ですが、臨床応用が可能と考えています。ただし、ポイントは、線溶抑制型DICの確実な病態診断、持続点滴といった投与方法の工夫と考えています。

 血管奇形の一つである青色ゴムまり様母斑症候群が合併した線溶亢進型DICに対して、DOACとトラネキサム酸の併用療法が劇的な効果を発揮することを報告しました(Yamada S, et al: Ann Vasc Dis, 2021)。以下の図では、アピキサバン&トラネキサム酸の治療開始後に、TATとPICが劇的に低下したことが示されています。目を見張るような効果と言えるでしょう。ヘパリン&トラネキサム酸の組み合わせよりも、アピキサバン&トラネキサム酸の組み合わせの方が、はるかに有効とも言えます。あくまでも、「線溶亢進型」DICに対しての治療です。トラネキサム酸は使用方法を間違えますと、致命的な血栓症を誘発します。治療前に、血栓止血専門家へのコンサルトが不可欠です。

  全身転移を伴うような末期がん症例に合併した線溶亢進型DICに対してもヘパリン&トラネキサム酸併用療法は劇的な効果を発揮して、良好な止血効果が得られます(Yamada S, et al: J Palliat Med, 2022)。

(Yamada S, et al: Ann Vasc Dis, 2021.より)


 臨床において、最近特にコンサルトが多いと感じているのは、慢性の線溶亢進型DIC(大動脈瘤など)の患者さんです。ほとんどの場合、お元気に外来受診されますが、常に大出血の危険にさらされています。慢性の線溶亢進型DICに対する標準的外来治療は、現時点ではヘパリン皮下注(在宅自己注射)です。ただし、永続的に皮下注治療を行う必要がありますので患者さんの負担は大きいです。

 この点、経口薬で慢性DICの治療が可能であれば、患者さんのメリットは大きいです。DICに対するワルファリン治療は無効かつ危険で絶対禁忌ですが、直接経口抗凝固薬(DOAC)であれば著効することを私たちは世界で初めて報告しました(Hayashi T, et al: Ann Intern Med, 2014)。DOACは、現在は心房細動、VTEにしか保険適応されていませんが、今後の発展が期待されます。私たちは、大動脈瘤に合併したDICに対して、新しい治療戦略を提言してきました(Yamada S, et al: Int J Hematol, 2021. Yamada S, et al: Int J Mol Sci,2022)。

 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)においては全身の血栓症が問題になります。特に、肺における血栓症は最も高頻度かつ重症です。また、ヘパリン類による治療が行われていても血栓症の進展を阻止できないことが多く、厄介です。しかも、血栓症とは正反対の病態である出血の合併症もしばしば深刻です。

 COVID-19の制圧のために、ワクチンが大変に期待されていますが、アデノウイルスベクター型ワクチンではワクチン起因性免疫性血栓性血小板減少症(VITT)という自然発症型のHITやDICに類似した重篤な合併症が見られることがあることも明らかになってきました。

 COVID-19(ワクチン問題を含む)は、世界中の血栓止血の専門家が真剣に取り組むべきテーマと感じています。私たちも以下のような報告を行なってきました。

 COVID-19は初期から中期にかけては線溶抑制型DICを合併することがありますが、全世界の多数論文の精査の結果、進行すると突然のように線溶亢進型DICに病型が変貌することを、発見しました(Asakura H: Int J Hematol, 2021. Asakura H, et al: Lancet Respir Med, 2020. Yamada S, et al: J Atheroscler Thromb, 2021. Yamada S, et al: Int J Mol Sci,2022)。

(Yamada S, et al: Int J Mol Sci,2022.より)


 VITTはDICを合併することもあります。早期診断、早期治療は患者の救命に直結します。しかし、全世界から報告される多数の論文を精査しますと、十分な検査が行われていません。特に、PT、APTTの検査を行えば凝固の全てがわかると勘違いされている報告がとても多いです。私たちは、VITTにおけるDIC診断におけるPT、APTTの限界を明らかにしてきました(Yamada S, et al: J Thromb Haemost, 2022)。